世の中には、歯の本数が少なく、日常生活に支障をきたしている方が多く存在します。
具体的には、咀嚼や発音、ブラッシングなどに影響が出ることが考えられます。
また、そのような方たちにとって希望の光となるのが、現在研究が進んでいる歯生え薬です。
今回は、歯生え薬の概要や効果などを中心に解説します。
歯生え薬の概要
歯生え薬は、歯の成長や発達を促すために使用される薬剤です。
現在の医学の知識では、歯生え薬として効果的な治療法はありません。
歯は個人によって異なるペースで成長し、特定の時期になれば生えてくるというのが一般的です。
また正常な歯の成長を促すためには、適切な口腔衛生の習慣やバランスの取れた食事が重要です。
ここでいう口腔衛生の習慣とは、ブラッシングや歯科クリニックで受ける歯科検診などを指しています。
もし歯に関する問題がある場合、例えば歯がなかなか生えてこない、異常な生え方をしているといったケースでは、歯科医師に相談することが大切です。
歯科医師は、個々の状況に合わせて最適な治療方法を提案できます。
このとき、歯生え薬という選択肢があれば良いのですが、現時点で実用化はされていません。
研究が進んでいる歯生え薬について
歯生え薬は、現在の医学の知識では効果的な治療法がないという話をしましたが、実は少しずつ研究が進んでいます。
京都のトレジェムバイオファーマ株式会社というベンチャー企業は、歯生え薬の実用化に取り組んでいて、2030年の発売を目指しています。
こちらは生まれつき歯の一部がない先天性無歯症のうち、永久歯が育たず6本以上の永久歯が欠如している場合を適応疾患として想定するものです。
人の永久歯が先天的に欠如する原因は、骨形成タンパク質であるBMPやWntの働きをUSAG-1という分子が阻害するからです。
歯生え薬では、USAG-1の働きを抑制する成分を体内に投与し、歯の芽(歯胚)の発達を助け、歯を生やそうと考えられています。
実際、マウスやビーグル犬、フェレットなどの動物に歯生え薬の候補となる中和抗体を投与したところ、歯が欠如していた部分から歯が生えるようになりました。
具体的には、薬を全身に投与することで、歯堤があるところに歯が生えてくるという仕組みです。
歯堤とは、骨の中から延びて入っていった粘膜のことです。
歯堤の先端が丸く膨らむと歯蕾になり、この中で歯胚が生じることで歯が生えてきます。
またこちらの歯生え薬に関しては、マウスとサルを対象に、臨床試験の前段階である非臨床安全性試験も行われています。
臨床試験は今年9月から行われる予定
前述した歯生え薬は、今年の9月から臨床試験を開始する予定です。
こちらは、大阪市の北野病院などのチームが発表したもので、トレジェムバイオファーマ株式会社の協力のもと行われます。
当該試験では、虫歯などで歯を一部失った30~64歳の男性30人に薬もしくは偽薬を点滴で投与し、1年ほどかけて副作用の有無をチェックします。
安全性が確認できれば、2026年頃に4本以上少ない2~7歳の患者20人ほどを対象に、有効性などを確認する計画です。
また、こちらの歯生え薬の治療にかかる費用は150万円程度を見込んでいて、将来は虫歯などで歯を失った方の治療も視野に研究を進める予定です。
北野病院の歯科口腔外科主任部長は、「入れ歯やインプラントに続く第3の選択肢になるよう、研究を進めていきたい」と話しています。
先天性無歯症について
現在研究が進んでいる歯生え薬は、先天性無歯症の方の治療に使用することが想定されています。
先天性無歯症は、生まれつき永久歯の一部が存在しないもしくはつくられない疾患です。
通常永久歯は親知らずを除いて28本存在しますが、先天性無歯症の方はこれよりも少なくなります。
特に前から2番目の側切歯、前から5番目の第二小臼歯が欠如するケースが多く見られます。
また永久歯の先天性欠如は、10人に1人程度の割合でみられるものであり、決して珍しくはありません。
ヨーロッパ矯正歯科学会の発表によると、近年先天性無歯症が増加傾向にあるとされています。
ちなみに先天性無歯症であるかどうかは、レントゲン検査を行えばすぐに確認できます。
いつまでも乳歯が残っている場合は、永久歯の先天性欠如を疑い、早めに歯科クリニックを受診すべきです。
先天性無歯症を放置するとどうなる?
先天性無歯症を治療せずに放置すると、以下のようなトラブルが発生します。
・咀嚼がしにくくなる
・発音が不明瞭になる
・ブラッシングがしにくくなる
・噛み合わせが崩れる
・歯槽骨が痩せる など
先天性無歯症で複数の永久歯を失っている場合、うまく食べ物を噛み切ったり、すり潰したりできなくなる可能性があります。
また、歯の間から空気が漏れることで発音しにくくなったり、歯並びがキレイでないことによってブラッシングがしにくくなったりします。
さらに、先天性無歯症の放置は噛み合わせの崩壊にもつながります。
こちらは、元々噛み合っていた歯が欠損した対向の歯を失うことで、歯が少しずつ浮いている挺出という現象が起こるからです。
その他、歯槽骨が痩せてしまうというデメリットもあります。
歯を支える歯槽骨では、噛んだときに伝達されている刺激が歯の欠損によって消失することで、少しずつ痩せて見える骨吸収という現象が起こります。
骨吸収によって骨の量が減るとシワやたるみの原因になったり、インプラント治療の適応外になったりするため、リスクは大きいです。
これらの問題を考えても、歯生え薬が実用化させることには大きな意義があると言えます。
これまで先天性無歯症の治療では、成長に伴って入れ歯を何度もつくり替えたり、成長後に人工歯を顎の骨に直接固定する
インプラントで対応したりする必要がありました。
歯生え薬が実用化に成功すれば、シンプルに歯を失った部分にのみアプローチができるため、歯科クリニックにとっても患者さんにとってもメリットは大きいです。
日本初、世界初の新薬に期待
現在着々と研究が進んでいる歯生え薬が実用化されれば、先天性無歯症の患者さんだけでなく、虫歯や歯周病で歯を失った方にも対応できます。
入れ歯を使用している方にとっても、有用な治療となるでしょう。
また、現在歯を失った方の治療と言えば、ブリッジや入れ歯、インプラントが主流になっています。
こちらに自身の歯を再生するという根本的な治療が加われば、歯科治療の世界も一変することが期待できます。
なぜなら、歯を失うことに対する恐怖心が薄れるからです。
前述のように、現時点でも失った歯をカバーできる治療はいくつか存在します。
しかし、どれだけ優れた装置や補綴物であっても、天然歯に敵うものはありません。
咀嚼や発音のしやすさ、審美性など、どれをとっても天然歯がもっとも優れています。
歯生え薬が実用化されることで、もっとも優れた天然歯を手に入れられるため、歯を失うことが怖くなくなります。
もちろん歯生え薬が完成しても、継続してブラッシングなどのセルフケアは継続する必要がありますが、歯科治療に革命が起こることは間違いありません。
まとめ
現在歯を失っている方は、「今後も装置や補綴物を使って生活し続けなければいけない」「自分の歯は二度と戻らない」と考えているでしょう。
以前まではそのような考え方が一般的でしたが、現在は研究が進み、歯生え薬が実用化に向けて臨床試験を行っているというところまで話が進んでいます。
そのため、試験を行うチームが宣言していたように、歯生え薬が入れ歯やインプラントに続く第3の選択肢になる日は近いかもしれません。